第一幕





この世に神など存在しない。


それは罪人が創りだした虚像でしかない。

自分の罪を許してくれる存在を造り上げて、同じ過ちを繰り返す。

天国も、地獄も、罪の重さによって行く所だと信じている。

人は皆、重罪人。

その罪が許されるまで夢の中の生を繰り返し、永遠に彷徨い続ける。


夢と現実の境目がわからないという事は、覚醒が近いか、新たなる罪が近いかのどちらかだ。

罪が消化される時、それは罪人が牢獄の中で自らの罪を認め、受け入れ、牢獄の世界での生を終える時。


それが目覚め。





牢獄の中で、淡々と生きよ。

それこそが一番の覚醒への近道。

牢獄の中でも、歴史が進んでいく。その中で地位が高ければ高いほど罪は重くなる。

罪人が罪人を裁いてはいけない。


循環を守る為に、罪人の中には監察官が紛れている。

それは人の姿であり、動物の姿であり、草木の姿である。





罪人はいつでも監視されているのだ。







立會人


それは見届ける者。


第三者として、罪を犯す者を見届け、償いを終えた者を見届ける。

始まりと終わりを見届ける者。


世界の始まりすら見届け、終りにも立ち合うのが


私の仕事である。







【OBSERVER】第一幕




昔、私のパートナーは罪を犯した。


立會人として、見ている事が出来なかったのです。


彼の名は暁(アカツキ)。


牢獄の中で、繰り返される罪に嫌気がさした彼は

一人の罪人が犯そうとした罪を、止めてしまう。


立會人は、どんな事であろうと見ていなければならない。




罪人は許される前に目覚めてしまい、そして死んでしまった。


それに立ち合ったのは私。

何らかの理由で、許される前に目覚めてしまった者は、その存在を、現実での生を否定される。

再び牢獄には行けずに、肉体も魂も、消滅してしまうのだ。







「俺は罪人になるのか」


そうだと答えるか迷った。

あれは罪だ。

お前が殺したのだ、とは言えなかった。

暁は私を睨み付けたりせず、視線を揺るがす事なく笑う。

「可笑しいよな。お前が俺の罪に立ち合うなんて」

可笑しくない。こんな事笑えない。

「笑えよ。馬鹿やったなとか言って、俺を許すな。」

本当に馬鹿をした。

私が暁を止めていれば、暁が私を軽蔑するだけで済んだのに

これが最後の別れになるのか、それとも暁の罪は許されるのか

これは私の罪だ。

「…んだよ…笑ってんぢゃねーよ」

「暁が笑えって言ったんだろ?」

「前から言いたかったんだけどよ、計のその何でも見透かした感じの笑い方、ムカつくんだよ」

フンっと笑った暁が俯いた。



「じゃあな」


無言で暁の額を小付く。

そのまま後ろに倒れ、暁は私のこの手で深い眠りに堕ちていった。





まだ存在を感じるうちに言っておこう。




これは現実であって真実じゃない。

逃げるな、受け入れろ。

お前は罪人じゃない、牢獄にいる必要も無い。

目覚めるんだ。





それには俺が立ち合ってやるよ。











私は夢を見てはいけない。



永遠を彷徨う罪人となる君の夢を…


私は愚かな存在です。


罪人を追い掛けて

牢獄の鍵を開けてしまった。

私には

ふたつ

選択枠がある

『する』か『しない』か


私はいつも『しない』方を選びます。

そうやって逃げる事が、私の仕事でもあった。

そしていつも後悔するのです。

私は

私の為だけに

生きていれば

それでいいのだ、と

何度も何度も言い聞かせています。

私が何をしたって、何も変わる事は無い。

私はただ見ているだけで

それで良いのだと、誰かが言った。

夢の中で君はいつまでも私に気付きはしない



私は愚かな存在です。



何度も生を繰り返す君のすぐ近くに居るのに

何も出来ずに、私の滞在期間は終わる。


君を助けられずに目覚めてしまった。

あの永遠の罪の快楽に

牢獄という名の楽園に


君が閉じ込められる前に


どうか目覚めて。





あれは罪人ではありません。

私は証明してみせます。

あなた方監察官に


無罪だと





そしてまた

私の罪は重くなる。









私は愚かな存在です。











いい知れぬ孤独の恐怖に怯える子供が欲しがる明確な答えに、真実など無いのに、ただ与えられたその存在を慈しむ事が出来るのならば何とでも言ってあげるよ。

それが僕の存在理由。



いつか僕が君にそれを問うた時、いかにもリアリストみたいなわかりきった答えばかりを口にしていた。



何故存在するのか
『生まれたから』

何故生まれるのか
『生きる為に』

必要とされるものは
『空気とか水とかじゃねーの』

何の為に思考があるのか
『考える為に』

最終目的は何なのか
『死ぬ迄生きる』

「つうかな、んな事自分で考えろよ。あれか、ある種の嫌がらせか?コラ」

自分が一番怯えてる。
だから何かしなければ、何かを救わなければと君は躍起になりだすんだ。


そうして罪人になって、夢の中で自分の存在すら見失ってる。


答えではないけれど、確かなものを君にあげる。

不確かな夢の中で、僕だけが確かな現実になる。

たとえ僕の存在を無くしてしまう事だとしても、それが今の僕の存在理由。


馬鹿げてる事だと君なら言うだろう。けれどこれは僕が背負わなければならない罪だ。





夢の中に『存在』してはいけない。気配を殺して、ありもしない生を、罪を、君の中で生きる。

もともと立會人は空気のようなもので、牢獄の中では何にでもなれる。

ただ罪人に関わってはいけないのだから、厄介だ。

監察官の目を欺く為には立會人という立場はリスクが多すぎる。

どうしたものかと悩んだ挙げ句、私も罪人になれば良いなどというぬるい答えしか出なかった。


『そうやってまたお前は逃げるのか?』

暁がまだ現実に存在していた頃、何度も聞いたセリフが頭の中で囁きだす。

それが私達の仕事なのだと、理解される事はあまり無い。

誰も助けてはいけない。

それは、ただ自分が見たくないから、ただ自分を救いたいから。

それは自分も、罪人も、世界も壊してしまうのに。





チャンスは一度しかない。

牢獄の扉とは精神の扉。

立會人はその扉の鍵を持っている。命令以外で決して開けてはならぬ扉。罪人の精神に溶け込んで、夢の中へと入り込む。

私が見届けなければ罪は拭えないのだから、自力で目覚めさせる以外方法は無い。その前に私が罪人になってしまったのでは意味が無い。
思い出させるんだ。其処は牢獄であると。
私が罪人になるのは暁を目覚めさせてから。


無謀な計画に反吐が出る。

でもこれしか思い浮かばないのだから仕方ない。



君の有る牢獄の鍵を開けて君の精神へ溶け込んでみると、君はもう三度目の偽物の生を迎えていた。





【OBSERVER】第二幕へ續





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